南条元清の墓

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南条元清(なんじょう もときよ)  ? 〜1614

伯耆羽衣石(うえし)城主元続の弟(宗元の庶子)。左衛門督のち伯耆守を称し、元宅と号す。最終的に加藤清正の臣。初め伯耆岩倉城主、羽衣石城代。朝鮮役の際に甥元忠の名代として出兵したが元忠の家臣の讒言により失脚、小西行長に預けられた。関ヶ原の際には行長の弟・行景の下で宇土城を守備、攻め寄せた加藤清正の豪将三宅角左衛門と槍を合わせた。主家改易後は加藤清正に仕え伯耆守を称し、六千石を領した。
写真は熊本市の禅定寺にある元清の墓で、法名は「惟安元宅居士」。



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