加藤清正の墓

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加藤清正(かとう きよまさ)  1562〜1611

清忠の子で幼名虎之助、主計頭。秀吉子飼いの勇将で賤ヶ岳七本槍の一人。「虎退治」など数々の逸話を残す。築城の名人として知られ、後の居城の熊本城は難攻不落の名城として特に有名。大坂の陣の前に豊臣秀頼が二条城で家康と会見した際に警護役として随行、帰国直後に謎の急死。ために毒殺説が囁かれたが詳細は不明。
写真は熊本市の本妙寺にある清正墓所・浄池廟で、東京都大田区の池上本門寺にも供養塔がある。法名は「浄池院殿永雲日乗大居士」。

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