馬場信房の墓

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馬場信房(ばば のぶふさ)   1514〜1575

武田家の譜代家老衆で「四臣」の一人。美濃守。信春ともいう。教来石(きょうらいし)氏の出自で、天文十五年に馬場伊豆守の名跡を継いで馬場民部信房と称した。軍政ともに優れた智将で信玄の片腕となって活躍。しかし長篠合戦では勝頼を諫めるが聞き入れられず、殿軍を務めて勝頼を無事に退却させた後に戦死した。
写真は愛知県鳳来町にある信房の墓で、山梨県塩山市の恵林寺、同韮崎市の勝頼神社、愛知県設楽町の福田寺、 高野山奥の院 、奈良県安堵町にも彼の墓や供養塔、塚などがある。法名は「乾叟白元居士」。

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