松永久秀と茶の湯

とかく謀略面だけがクローズアップされがちな久秀ですが、彼は一流の茶人でもありました。久秀は早くから堺や南都の豪商たちと、茶の湯を通じた交流があったようです。

 
久秀と茶の湯
 
 永禄年間における久秀の人的交流に目を向けると、奈良や堺の一流茶人との交際が目立つ。意外に感じる方も多いと思うが、松永久秀は一流の茶人としても知られており、『天王寺屋会記』『松屋会記』などの茶会記に記録が残っている。

 久秀が茶の湯の席に初めて確かな記録に名を記すのは、まだ久秀が長慶とともに摂津芥川城にいた天文二十三年正月のこと。亭主は堺茶道の祖として知られる武野紹鴎、客は久秀と堺の豪商今井宗久である。宗久は紹鴎の女婿で後に信長・秀吉の茶頭を務めたほどの人物で、久秀は早い時期からこういった堺の有力者たちと交流があったことがわかる。(画像は堺市中之町東にある武野紹鴎屋敷跡の碑)
 当時、一流茶人として認められるためには、名物茶器を所持していることが必須条件であった。むろん久秀も数々の名器を所持していたが、中でも秘蔵中の秘蔵として特に大切にしていたのが、「つくも茄子」と呼ばれる茶入れと「平蜘蛛」茶釜である。つくも茄子は現存するが、平蜘蛛釜は久秀が信貴山城に滅んだとき自らの手で砕いたと伝えられる。

 大和侵入前の永禄元年九月、久秀は千利休の師である北向道陳や山上宗二・今井宗久といった堺の豪商で高名な茶人たちとの茶会を催しており、その際に「つくも茄子」を披露している。これは久秀が一千貫もの大金を投じて購入したと伝えられる名物茶入れで、彼の経済力が既に大名家の家老クラスをはるかにしのぐものであったことが推察される。(画像は堺市宿院町東にある今井宗久・宗薫屋敷跡の碑)

 大和に腰を据えた後も、彼らとの交流は続いた。永禄三年には堺の豪商で茶人として名高い津田宗達の茶会に招かれ、翌年正月には奈良の富豪鉢屋紹佐の茶会へ参加している。また永禄六年正月には多聞山城に設けた茶室で自らが主人となって茶会を催しており、これらの茶会の客には奈良の塗師(ぬし)でこれまた一流茶人の松屋久政、堺の豪商若狭屋宗可、京都の名医で久秀の侍医でもあった曲直瀬道三らの名が見える。また永禄八年正月の同じく多聞山城における茶会では千宗易(利休)の名も見え、久秀の茶の湯を通じたハイレベルな交流が窺える。


大名物・つくも茄子
 
 この茶入れは作物茄子・付藻茄子・九十九茄子などとも書かれ、また九十九髪・九十九髪茄子・松永茄子などとも呼ばれる。松本茄子・富士茄子とともに「天下三茄子」と言われ、その中でも最も高く評価されていたという大名物である。この茶入れの歴史について少し触れてみたい。

 つくも茄子は室町幕府歴代将軍の中で最も権力を有したという三代将軍足利義満秘蔵の唐物茶入れで、その後将軍家に伝えられ愛用されていたものと思われる。八代将軍義政の時に寵臣山名政豊に与えられたが、十五世紀末になって義政の茶道の師であった村田珠光の手に渡る。
 珠光はこれを九十九貫文で購入したことから、『伊勢物語』の中に見える
 
「百年(ももとせ)に一とせ足らぬ九十九髪 我を恋ふらし俤(おもかげ)にみゆ」
 
 にちなみ、「つくも」と名付けたという。珠光の手を離れてからも所有者は転々とし、その度に値段が跳ね上がっていった。越前一乗谷の朝倉太郎左衛門が入手したときは五百貫、その後法華宗徒で本能寺の大壇越であった越前府中の豪商小袖屋の手に渡ったときには、なんと一千貫の値が付いていたという。そして越前の戦乱を避けるため、小袖屋は京都の豪商・袋屋(おそらく法華宗つながりと思われる)にこの茶入れを預けた。
 ところが天文五年三月、京都で天文法華の乱が起こり、比叡山延暦寺や近江六角氏から攻撃を受けた京都法華宗二十一本山は壊滅の憂き目を見る。ようやく法華宗徒が京都還住を許された天文十六年頃、この名物茶入れは本圀寺の有力壇越でもあった久秀の手に入っていた。詳しい入手時期や経路は不明だが、先述の通り久秀は一千貫もの大金を投じて購入したという。

 久秀自慢の茶入れは当時の茶人の垂涎の的であり、ルイス・フロイスの記録にも登場するほどの大名物であった。しかし、足利義昭を擁して上洛した織田信長の前には抗すべくもなく、久秀は断腸の思いでこの茶入れを信長に献上し、配下となった。
 信長が本能寺に倒れたとき、この名物は本能寺に持ち込まれていたが、焼け跡から奇跡的に発見され、次いで羽柴秀吉の手に渡った。その後秀吉から秀頼に伝えられて大坂城で愛蔵されていたが、大坂夏の陣で再び兵火に掛かる。戦後徳川家康の命で焼け跡から探し出されたもののかなり破損しており、修復のため漆接ぎの名工・藤重藤厳の手に渡った。以後藤重家に代々伝えられたが、明治になって三菱財閥の岩崎弥之助氏の所有となり、現在は東京世田谷の静嘉堂文庫美術館に保存されている。

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