長編歴史小説
大坂の華
by 佐山 寛
第一章
左近と小十郎
一(つづき)
島屋敷に入った二人を出迎えたのは、若く見目麗しい一人の女性であった。白いうなじがはっとするほど美しい。
「ご苦労様でございます、私は当家養女の秋と申します。以後よろしくお見知り置きを。さ、父のもとへ案内いたします」
「これはお美しい・・・。私は風間小十郎、これは弟弟子の孫市と申します。こちらこそよろしく」
島左近は屋敷の奥の間で待っていた。別の若党に導かれて、小十郎と孫市は左近の前に座った。
「初めてお目にかかります。私が風間小十郎、これは私の弟弟子にて…」
「孫市であろう。知っておる」
「えっ?」
「かたくるしい挨拶はやめにせい。その方らのことはすべて存じておる」
小十郎と孫市は思わず顔を見合わせた。それを見ながら、左近は微笑みつつこう言った。
「小十郎よ、そちの師である戎源蔵とはな、もうかれこれ三十年のつき合いになる」
「初めてうかがいましてございます。…左様でございましたか」
「その方らを呼んだのはほかでもない、ちと腕を借りとうてな」
「それは私ごときには、もったいないお言葉。もとより我が師源蔵からも申しつかっておりますが、一体どのようなことをいたせばよいのでありましょう」
「これ、重吾をこれへ」
左近は軽く手を打ちならすと、次の間に控えていた若党に命じた。が、若党が走り去ると同時にひとつの影が庭の植え込みからにじみ出てきた。
「殿、お呼びで」
「おう、いつもながら鮮やかじゃな。近う寄れ」
「はっ。ではごめん」
重吾は小十郎と孫市に軽い会釈をすると、左近の脇へ身を寄せた。
「小十郎、紹介しておこう。これなるは前野重吾と申し、わしの片腕とも言うべき男じゃ。表向きは単なる家来じゃが、実は当佐和山石田家のすべての諜報活動をまかせておる」
小十郎は驚いた。一介の道場剣士に過ぎない自分に、一国の家老がここまでその内情を打ち明けてもいいものであろうか。が、彼のそのこわばった表情を暖かく包み込むように、左近は続けた。
「もはや知っておろうが、当家と内府(家康)とは、いずれ雌雄を決せねばならぬ時が来る。殿は今謹慎中の身じゃが、このままではおさまるまい。これはわしの勘じゃが、そう遠くないうちに合戦となろう」
「は…。で、殿はこの私に何をせよと…」
やや間をおいて次に左近の口から出た言葉は、小十郎を愕然とさせた。
「小十郎よ、内府を討て」
つづく
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