長編歴史小説
大坂の華
by 佐山 寛
第二章
死 闘
二
重吾は念のため配下の三名の忍びを呼び寄せた。いずれも手練れの戦忍びの銀次、義助、三郎太の三名である。
銀次は火術が得意で、普段は木こりをしている。もと薩摩忍びで鉄砲術にも通じており、火に関しての知識と技術は、当時の日本全体を見回してもトップクラスの能力を有していた。
義助は身の丈六尺以上、がっちりした筋肉質におおわれた伊賀の忍びで水術に長じており、水中の格闘になれば、まず負けることはなかった。普段は漁師をしており、琵琶湖の魚を捕って生計を立てている。
三郎太はもと伊那(武田)忍びである。長篠合戦において非業の死を遂げた山県昌景の騎馬隊に属していて、合戦では先駆けを常とし、得た敵の首は二百とも三百とも言われていた。ただ悲しいかな身分の低い出なので、いくら手柄を立てても騎士として取り立てられることはなかった。これも忍びに生まれた者の宿命である。当然馬術と槍術には目を見張るものを持っている。
これら三人は重吾の手足のような者たちで、他の下忍びたちの束ね役、さしずめ部隊長といった格である。
さて、三人が重吾の家に揃ったところで重吾は言った。
「ようやく殿からお許しが出た。まず弥平を始末してくれい。ついさきほど彼奴は裏山の池へ大鯉を捕りに出かけた。お主ら三人が向かえば造作はない。お主らは顔を知られておらぬ故、安心してかかってくれい。もし逃げられても深追いするにはおよばぬぞ。その時はわしが孫市殿とここで始末をつける」
「は、お頭。ただ少々気になることが…」
「何じゃ、銀次」
「私は前にもお頭に申しましたが、薩摩に一人恐ろしい忍びの頭領がおり申すと」
「確か祁答院(けどういん)幻龍とかいう者であったな…。それがどうした?」
「幻龍は恐ろしい妖術を使い申す。その手下に金龍・銀龍という手練れの忍びがいて配下を束ねておったとですが…」
「ふむ。銀次はその銀龍の一の弟子だったと聞いていたが」
「はい。私が今日こちらへ来る道筋で、どうも銀龍らしい人影が百姓家に入るのを…」
「待て、それはどの辺りのことだ」
「裏山の池の向こうの栗林の中で」
三郎太が話に割って入った。
「銀次、まさかこの屋敷が見張られているわけでは…。おい義助、お主は何か知ってるのか」
「俺は何も聞いていないぞ。俺の手下の報告では昨日まで何ら異変はないと言っていた」
重吾が言う。
「まあ待て。ということは、弥平がもう動き出したということか…。ふうむ、これはちと厄介になってきたか」
「お頭、もしや島津は徳川方についたのでは」
「いや、島津はそうたやすく徳川方につくとは思えん。それは考えらぬことでもあるまいが、我らにとって今その様なことはどうでもよい。まず弥平を消すのみじゃ。で、銀次、その金龍・銀龍とやらはどの程度の腕か」
「二人とも相当な手練れの上、加えて金龍は[陽の術]、銀龍は[陰の術]を使い申す。陽の術は日中にしか効力はなく、陰の術は夜にその効力を発揮すると言われる妖術で」
孫市が銀次に言う。
「では金龍には夜に、銀龍には昼間に立ち向かえばいいのではないでしょうか」
「はい。しかし二人一度にかかってこられるとまずいが…。彼らはたいてい一緒に行動し、未だに敵に敗れたることなしと言われている」
つづく
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