長編歴史小説
大坂の華
by 佐山 寛
第二章
死 闘
二(つづき)
義助が口を開いた。
「裏山の池のほとりなら好都合、何とかしてそやつらを池に落としてくれぬか。池に落とせば妖術どころではないはず。この義助があしらって見せよう。銀次、三郎太、こうしているうちにも奴らの数が増えると面倒。お頭、我ら三人でこれよりすぐ裏山の池へ向かいましょう」
重吾は何やら考えているようだったが、暫くして言った。
「よし、すぐ向かえ。ただ、相手は手練れ、くれぐれも気をつけい。再び、ここでおちあおう」
「承知」
三人は立ち上がるとすぐに、煙のように音もなく消えた、ように孫市には見えた。
「あれえ…重吾殿」
「ははは、あの程度で驚いてはいけませんぞ。彼らは剣士のあなたには考えられぬ術を持ち合わせている」
「うわさには聞いていましたが、忍びとはこのような…」
「しかし、いくら忍びとはいえ、面と向かっては腕の立つ剣士にはかないますまい。孫市殿、頼りにしていますぞ」
「うーん。これは久々に気力が沸き上がってきましたなあ」
「さて、我々も以後の策を練るとしましょう。孫市殿には初めて打ち明けるが、この家には数々の仕掛けがしてござる」
「えっ、それは全く気付きませんでした。それはどのような仕掛けで?」
「まずは忍びが入り込めぬよう、床下に細工を施しています。あと奥の間の柱の蔭にある紐を引くと、天井が落ちてくるようになっています」
「そ、それは本当ですか」
「まだあります。この家が囲まれたり閉じ込められたりしたときは、隠し穴を抜けて隣の寺の裏手の雑木林の中へ逃れることができます」
「それはすごい」
「その仕掛けをお見せしておきましょう」
重吾は居間の端の畳を持ち上げ、中をのぞき込んだ。と、その瞬間に彼の表情が凍り付いた。
「こ、これは」
「どうしました、重吾殿」
中をのぞき込んだ孫市の表情も一変した。確かに忍びが入れないような細工はしてあった。しかしそれらは二度と使い物にならないよう、めちゃめちゃに打ち壊されていたのである。重吾は孫市とともに隠し穴の入口へと走ったが、ここも見事に埋められてしまっていた。ただ、天井の仕掛けだけは気付かれなかったらしく、無事であった。
「私としたことが、これは油断していたようです。この様子ではもう相手が何人いるかわからない。先程の三人ならまず大丈夫だとは思うが…念のために人数を増やしましょう」
「それがいい」
重吾は隣の長屋に住む下忍びに総動員の指令を出した後、二人は戦闘の用意を調えて、彼らの帰りを待った。
つづく
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