長編歴史小説
大坂の華
by 佐山 寛
第二章
死 闘
三
裏山の池のほとりに栗林がある。その中に百姓家が一軒あり、百姓の老夫婦が住んでいた。もちろん彼ら、いや正確には夫の方だけだが、徳川の[草]である。そしてこの百姓家は徳川方忍びの連絡所、つまり[つなぎ宿]として機能していた。銀次の見かけたという[銀龍らしき人物]は間違いなく[銀龍]であった。そう、彼らは本多正信より島左近暗殺の依頼を受け、薩摩よりやってきたのである。その報酬は莫大なものだったらしい。
先に重吾の家を出た三人の忍びがこの百姓家を取り囲んだとき、家の中では銀龍が居合わせている自分の配下の薩摩忍び七名を車座に座らせ、指示をしているところだった。銀龍の横に弥平が座っている。
「頭、そろそろじゃなかかね。後手に回っと難しか事んなり申すとよ」
薩摩忍びの一人がこう言うと、弥平が銀龍に言った。
「銀龍殿、左近は今大坂へ行っておりますが、明後日には帰ってまいります。島屋敷内での襲撃は難しく、出来れば佐和山に入る前、そう瀬田あたりで待ち受けるのがいいと思いますが」
「弥平どん、左近に最近召し抱えられたっちゅうその剣客の腕はどんくらいじゃね」
「は、それがまだ二十歳そこそこの若僧の割には隙がなく…相当の腕とにらんでおりますが」
「ふーむ、で、重吾とやらん腕はどんくらいじゃ?」
「重吾は元甲賀山中忍びで、相当の腕を持っております」
突然その時、小屋の中から外を見張っていた別の薩摩忍びが言った。
「頭、この家は見張られちょい申す」
「何、…」
銀龍は一同に素早く目配せした。と、同時に全員が壁際に伏せた。戸口の隙間から外を覗いた忍びが言う。
「三人」
「三人か…。よし、お前たちで迎え討て」
「おう」
銀龍と弥平、他に二名の忍びを百姓屋に残し、五名の忍びが栗林の方へ走った。いずれも手に忍者独特の短剣や煙玉などを携えている。
百姓家を見張っていた三人の石田方忍びも、この異変に気付いた。三郎太が言う。
「義助、覚られたようだな」
「うむ。俺がまず奴等の中に斬り込んで、わざと敗れた体で池に落ち込む。乱戦ゆえ、奴等も池に落ちた者のことを考えているゆとりなぞないはず。で、銀次と三郎太はかかってくる敵を、手に余ればどうにかして池の中に投げ込んでくれ」
銀次が訊く。
「お主の方は一人で大丈夫か」
「おう、まかせておけ。それでお主らは一目散に百姓家へ突入する構えをすればよい。俺も後からすぐ追う。では行くぞ」
「よし、三郎太、行こう」
つづく
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