長編歴史小説
大坂の華
by 佐山 寛
第二章
死 闘
三(つづき)
義助が声もなく近づいてくる五人の薩摩忍びの中へ走り込んだ。たちまち刀の触れあう音が響き、乱戦となる。義助は敵の忍びの一人を忍び刀で斬った。しかし両側に回り込んだ二名の敵忍びが、一度に刀を振り下ろしてきた。彼は前に大きく体を投げ出してこれをかわし、地面を二、三回転して立つと、池の方へと逃げ出した。その時、義助を両側から襲った二名の忍びへ向かい、銀次と三郎太が殺到した。忍び刀で足をなぐ、音もなく飛び上がる。八方手裏剣が飛ぶ、地面に転がる。数名の忍び同士が此処かしこで乱戦を繰り広げていた。
義助は池の畔まで走ってくると反転し、追ってきた二名の忍びを相手に戦った。高い金属音を残し、義助の忍び刀が宙に飛んだ。ここぞとばかり刀を突き込んでくる相手の勢いに抗しきれず、義助は避けながら足を滑らせたように見せかけて、一間程下の水面へ自ら落ち込んだ。
「ちいっ、逃がしたか」
義助を池の畔にまで追いつめた薩摩忍びの一人が、無念そうに池を覗き込んだ。と、その時、銀次と三郎太から浅手を受けた一人の忍びが池の畔へ逃れて来た。
「おい、相棒はどうした」
「やられた。手強い相手だ。引き返した方がよさ…ぎゃっ」
ズン、という鈍い音と共に、逃れてきた忍びが膝から崩れ落ちた。背中に短刀が深く突き立っていた。と同時に火薬が炸裂した。火薬の爆発をかろうじてかわした忍びに追ってきた三郎太が体当たりを食わすと、その忍びは池の中にまっ逆さまに落ち込んだ。そして浮き上がってきたと思った瞬間、彼の体は再び池の中に引きずり込まれていた。
泡が激しく水面に浮いてきた後、辺り一面が赤く染まった。その赤くなった水面に、義助が浮き上がってきた。
「こちらは仕止めた。そっちはどうだ」
「一人逃げた。これから追う」
「よし、俺も行く」
三人は百姓家めがけて猛然と走っていった。この時百姓家の中では、銀龍ら四人が迎撃体制を整えていた。
「皆やられたみたいだな」
「頭、これは一旦退いた方がよか」
「銀龍殿、ここは私が引き受ける。さ、急いで」
「わかった。頼み申す」
銀龍は手下一名と裏山の中へ駆け込んで行った。弥平は一人、栗林の方へ走り出した。
「おっ。あれは弥平」
「ぬかるなよ、彼奴はなかなかの力量じゃ」
走り込んできた弥平が三人の前で止まった。
「お主らにこの弥平が仕止められるかな」
「ほざくなっ」
弥平は突然木の上に飛び上がった。木から木へとまるでむささびのようにめまぐるしく動く。動きながら雨霰のごとく手裏剣を飛ばしてきた。そのうちの一つが銀次の右腕に食い込んだ。
「うっ、しまった」
駆け寄った義助が急いで手裏剣を抜き、傷口をあらためた。
「いかん、毒が塗ってある」
その時三郎太が投げた忍び刀を避けた弥平がバランスを失って地上に落ちた。
「それっ」
三郎太が弥平に飛びかかった。二人は組み合ったまま転がりながら、池の中へと落ち込んだ。
「うわっ、不、不覚」
三郎太は水中の格闘が苦手である。弥平に水中で太股を刺されたようだ。その時、銀次の手当をした後に三郎太を追ってきた義助が池に飛び込んだ。
水中で義助と弥平の激しい戦いが繰り広げられた。弥平もさすがに手練れの忍びだけあり、義助にひけを取らなかった。しかし、やや水練に優る義助が優勢かと思われたとき、水面に多数の矢が降ってきた。池の畔には弓鉄砲で武装した一兵団が現れていた。徳川方であることは間違いない。
「しまった、新手だ。引き上げよう」
「やむをえん」
義助と三郎太は反対側の岸へ泳ぎ着き、島屋敷へと引き返していったが、銀次の姿が見えない。敵の新手勢に捕らわれたのであろうか。しかし、今はそのようなことにかまっていられる場合ではなかった。
つづく
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